"ピアニスト鮎になるまで・・・(鮎の生い立ち)"

 


4才頃からピアノをいじり始める。

 


従姉の姉が音大に通ってピアノを弾いているのを見て憧れる。

 


ピアノを習い始めるには遅すぎる小学校に入る前頃から母の友達の子供が習っていた先生にピアノを習う。



優しそうなお婆ちゃん先生のレッスンは聴音の書き取りから始まり、歌にピアノに色々やった。

 


とても有名な先生だったらしく、そこに通う生徒達は皆優秀だった。

 


練習嫌いな私はレッスンまでの一週間、課題曲を全く練習をせずにレッスンへ行った。

 


先生に呆れられながらも何故かレッスンだけはサボらずに通った。

 

 


同じ年の小学生がショパンのワルツを弾いている頃、

 

 

私はエリーゼのためにが弾けた!と大満足。

 

 


完全に落ちこぼれなのに私は音大へ行くと何故か心に決めていた。

 



母が「娘は将来音楽の道に進みたいと言ってるのですが・・」と先生に相談すると

 

 


「本人が苦労するだけだからやめた方がいい」とキッパリ言われ、その先生のところを離れる。

 

 

 



高校生の時に顔じゅう毛だらけのまるっこい40代の芸大のピアノの先生に出会う。



褒め上手な先生はいつも私に、

 


「あなたはまるで天使のようにおおらかなピアノを弾くわね」 と褒めてくれた。

 

 

 


毎回褒められて上機嫌な私はもっと練習して頑張ろう!という気持ちになり

 

 


練習嫌いな私は、それから真剣に練習するようになっていった。



しばらくするとウブ毛先生は、

 

 


「あなたはもっと伸びるはず。私が尊敬する素晴らしい先生がいるから紹介するわ」

 

 

 

と、偉い教授の所へ行けと言われ、嬉しさと期待と寂しさと不安に襲われる。

 

 

 

 


母と一緒に有名な教授の家に連れて行かれ

 

そこでベートーベンのソナタ「悲愴」の三楽章を弾く。

 

 



「手が大きい」「賢そう」という理由で

 

 

教授は私を門下生として受け入れてくれた。

 

 



”ホントはバカなのにパっと見 かしこそうに生んでくれてありがとうお母さん・・”

 

 

と、心の中でつぶやいた。

 

 



それからの私は

 

自分が落ちこぼれだったこともすっかり忘れ、

 

実はピアノの才能があるのでは?と思い込む。

 

 



母も思い込み

 

 

「娘は、偉いピアノの教授から弟子にしたいと言われちゃって~」

 

 

 

と大袈裟に ご近所に言いふらす。

 

 

 

 


そしてその後、希望の音大ピアノ科に合格し、

 

 

のだめカンタービレの世界へ。

 

 

 



「履歴書に書けるしカッコイイわよ」との教授の言葉に、

 

 

すすめられるままコンクールやオーディションを受け、

 


要領の良い私は合格してコンサートに出演したり演奏したりして

 

 

音大生らしい日々を送っていた。

 

 



音大卒業後、

 

 

同じ教授の門下生である同級生の子と二人でリサイタルを開きたくなり教授に申し出ると

 

 


「言い出すと思っていたわ。あなたなら」

 

 

 

なーんて言われちゃって舞い上がる。

 

 



リサイタルで弾く曲目に悩み教授に相談。

 



「たいして難しくないのに上手そうに聴こえる曲がいいんですがぁ~」

 



と、馬鹿正直な気持ちをストレートに言うと、

 

 

 

 

教授は、ちょっと笑いながら

 

 



「それなら、たいして複雑じゃないけど上手そうに聴こえるBerceuseは?」

 

 



と、ショパンのBerceuse Op.57 「子守唄」 が1曲決定。

 



その他はすでにレッスン終了している曲を選んだ。

 



バラード1番、ノクターンを2曲、

 

 

そして、中学の頃から演奏会というと弾いていた「英雄ポロネーズ」

 

 

 

全曲ショパンの5曲に決定。

 

 

 



コツコツと努力家の友人は、派手じゃないのに難しくて大変な曲を選び

 


重みもあり派手さもある、観客が楽しめるコンサートとなり

 

 

ジョイントリサイタルは大成功に終わった。

 

 

 



本番はミス1つなく完璧に全曲弾き終え花束を抱え満足した気持ちに浸っていると

 


教授が客席から私のそばに来て演奏会の成功を喜んでくれた。

 

 



「あなたは演奏をすることに向いてるわね。とてもご立派な演奏だったわ。」

 



教授に褒められ自分の度胸と運のよさに感謝した。

 

 

 



そして

 

 

 

自分は演奏をするのにむいているんだと思い込む。

 

 

 



その後、教授の門下生によるコンサートでは

 

演奏時間25分のシューマンの「謝肉祭」を演奏することに決まり

 


プログラムのトリというプレッシャーにも負けず

 

 

無事演奏できて

 


自分の心臓に毛が生えているのを再確認する。

 

 



その後も、演奏研究会や指導研究会など

 

 

演奏と指導の技術を磨く場に出席しては学んだ。

 

 

 


教授から

 

 

「ショパンコンクールを生で聴きに行かない?必ず役に立つし」と言われたが

 


何十万もかかる海外での研修・・・

 

 

親に行きたいとは言えずに断念。

 

 

 



ピアノを教えながらお店でピアノ弾きの仕事もした。

 



即興演奏やリクエストに答えながらピアノを弾き、

 

 

歌も歌ったりして弾き歌いをする楽しさも知る。

 

 




ある日、そこの店に来る客の中にテレビ局の人がいたらしく、

 

 

お店のマスターから

 



 「ドラマの中のシーンでピアノ弾くシーンがあるらしいんだけどテレビ出演とかできるかなぁ?」

 

 

 「そういうのはダメかな?」

 

 


と聞かれ、

 

 

全くダメじゃないのに、

 

 

かっこつけてしまい

 

 

「ちょっとテレビとかは・・」とか言っちゃって断ったと勘違いされ

 

 

テレビ出演のチャンスを逃す。

 

 



しばらくするとクラシックに飽きちゃって練習をサボる日々が続く。

 

 

 


けれどピアノを弾くこと、鍵盤を触っていたいと思う気持ちは常にあり

 


私のグランドピアノのフタは閉じられたことがない。


 


いつでも弾きたい時にピアノの前に行き

 

 

鍵盤に指を落とせば音を奏でられるようにしてある。

 

 



やがてモーツアルトやベートーベン、バッハ、ショパン、ブラームス、シューマン、リスト、ドビュッシー、


ラヴェル、スクリャービン、ラフマニノフ他を練習して演奏したい気持ちが激減し、

 


自分で曲を作って弾きたい気持ちがふつふつと湧き出て現在に至る。

 

 

 



そしてネットの中で生まれ出た鮎サウンドの曲たち。

 

 

 

 

私の心を音にして自分の指先から鍵盤に伝えたものです。

 



どの曲もどの歌も心をこめて作り、弾いています。

 

 


どうぞ全ての私を 聴いてください(*vv)




聴く人の心に何か届いたら・・・

 


何かを感じてもらえたら・・・



私は幸せです。

 



私はこれからも

 

 

自分の想いをピアノの音にして

 


多くの人の心の奥まで届くようにと

 


弾き続けていくつもりです。



”鮎”がネットで生き続けている限り。

 

 

Areyou 鮎
2008.12.7   

BGM by 鮎